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安富才助とは、備中足守藩出身の新撰組隊士であり後の副長でもある。新撰組の馬術師範としても務めており当時の新撰組に大きく貢献した人物である。会津藩庁記録によれば才輔、土方歳三資料館所蔵の書簡には才介と明記され称されている。入隊当初から、土方歳三の信頼はもっとも高かったと言われている。しかし、甲州勝沼の戦いの後は土方とは別々に別れることとなるが後々「会津」で合流する。そして、土方の直属の部下になり箱館戦争にて土方歳三が戦死してしまうが看取った。
その際、土方家宛てに戦死を伝える手紙を書き立川主税に託すことになる。その後、すぐ新政府軍に旧幕府軍は降伏した。安富才助は、阿部十郎に殺されたと言われていたが最近になって、田上寺で墓が見つかっておりその墓には明治6年と記載されていた。資料によれば、「新政府の命で足守に護送され、そのまま兄の元で謹慎生活を送った」とあり、生涯帯刀を認められず他界したと考えられている。

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